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全日スナイプ
おはようございます。
久しぶりに更新します。
高橋です。
全日スナイプが終わってしまいました。これまた遅いですが。
ある後輩が、リザルトを必死で探したけど、名前無かったです、と伝えてくれました。
申し訳ない。
私達は今年出場しておりません。
数少ない応援者の方々には、申し訳ないことをしました。
なぜ、出場しなかったかと言うと、
・就職活動を本格的に行い始めたこと、
・実力が伴っていないと思ったこと
・体制(金銭面、ハード面)が整わなかったこと
などいろいろありますが、そんなのは言い訳に過ぎません。
最も大きな理由は、
気持ちの持続が出来なかったことです。
一番情けない理由です。
今になって思うと、
インカレの魔力というものは絶大なるものがありました。
また、一緒に目指せる仲間が多く居るという力強さは言葉に出来ないものがあります。
それが無くなって、自分を奮い立たせて全スナを目指すことができませんでした。
最近、就職活動を行っていて、自分とはなんであるのか、と振り返ります。
そうしたときに、私は単に結果を求めていたわけではなくて、仲間と一緒に目指す、という点にも重きを置いていたようです。
その多くの仲間がヨットから離れてしまった中、私は現役時代ほどのモチベーションを保つことは出来ませんでした。
あれほど情熱を持って物事に取り組めたことを懐かしく思います。
過去の自分に対して、よくあれだけやったなと驚くと点もありますが、
あの頃はわからなかった、欠点や、未熟な点、改善できる点も山ほど見つかります。
それが見つかるたびに、自分の視野の狭さに愕然とします。
それをある先輩に話したときに、
「あのころ見えなかったことが見えるようになったのなら、それが成長だ」
というようなことをおっしゃってくれました。
確かにそのとおりだと思います。
ヨット部を通して、
常に自分らのやりたいことはなんなのか、
やってることは正しいか、
他に直せる点はないだろうか?
と考えると思います。
それらは驚くほど、就職活動で行うことと似たプロセスだと最近ひしひしと感じます。
大げさに聞こえるかもしれませんが、
ヨット部で考えることは、『生きる』ことを考えることと、つながっているんだと思います。
私が最高学年になるときに、
「結果なんてどうでもいいと言ってるやつは、何も分かってないやつだ」
というようなことを思っていて、
実際に言った事もありました。
これは今をもって、間違っていないと思っています。
自分が何をしたいかどうかの差はあれど、それを達成するために
絶対に欠く事が出来ない条件として「必死で結果を求めること」があると思います。
私は、それを絶対に疎かにして欲しくないと思います。
ただ、結果が出せればそれで良いのか、と言えば必ずしもそうではないとは今は思いますね。
久しぶりに更新します。
高橋です。
全日スナイプが終わってしまいました。これまた遅いですが。
ある後輩が、リザルトを必死で探したけど、名前無かったです、と伝えてくれました。
申し訳ない。
私達は今年出場しておりません。
数少ない応援者の方々には、申し訳ないことをしました。
なぜ、出場しなかったかと言うと、
・就職活動を本格的に行い始めたこと、
・実力が伴っていないと思ったこと
・体制(金銭面、ハード面)が整わなかったこと
などいろいろありますが、そんなのは言い訳に過ぎません。
最も大きな理由は、
気持ちの持続が出来なかったことです。
一番情けない理由です。
今になって思うと、
インカレの魔力というものは絶大なるものがありました。
また、一緒に目指せる仲間が多く居るという力強さは言葉に出来ないものがあります。
それが無くなって、自分を奮い立たせて全スナを目指すことができませんでした。
最近、就職活動を行っていて、自分とはなんであるのか、と振り返ります。
そうしたときに、私は単に結果を求めていたわけではなくて、仲間と一緒に目指す、という点にも重きを置いていたようです。
その多くの仲間がヨットから離れてしまった中、私は現役時代ほどのモチベーションを保つことは出来ませんでした。
あれほど情熱を持って物事に取り組めたことを懐かしく思います。
過去の自分に対して、よくあれだけやったなと驚くと点もありますが、
あの頃はわからなかった、欠点や、未熟な点、改善できる点も山ほど見つかります。
それが見つかるたびに、自分の視野の狭さに愕然とします。
それをある先輩に話したときに、
「あのころ見えなかったことが見えるようになったのなら、それが成長だ」
というようなことをおっしゃってくれました。
確かにそのとおりだと思います。
ヨット部を通して、
常に自分らのやりたいことはなんなのか、
やってることは正しいか、
他に直せる点はないだろうか?
と考えると思います。
それらは驚くほど、就職活動で行うことと似たプロセスだと最近ひしひしと感じます。
大げさに聞こえるかもしれませんが、
ヨット部で考えることは、『生きる』ことを考えることと、つながっているんだと思います。
私が最高学年になるときに、
「結果なんてどうでもいいと言ってるやつは、何も分かってないやつだ」
というようなことを思っていて、
実際に言った事もありました。
これは今をもって、間違っていないと思っています。
自分が何をしたいかどうかの差はあれど、それを達成するために
絶対に欠く事が出来ない条件として「必死で結果を求めること」があると思います。
私は、それを絶対に疎かにして欲しくないと思います。
ただ、結果が出せればそれで良いのか、と言えば必ずしもそうではないとは今は思いますね。



